工芸の世界:工芸大国・日本を知るための手がかりガイドブック

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日本の工芸の背景

様々な品物が出来る原因を考えてみますと、二つの大きな基礎があることに気附かれます。 一つは自然であり、 一つは歴史であります。自然というのは神が仕組む天与のものであり、歴史というのは人間が開発した努力の跡であります、どんなものも自然と人間との交りから生み出されて行きます。

中でも自然こそは凡てのものの基礎であるといわねばなりません。その力は限りなく大きく終りなく深いものなのを感じます。昔から自然を崇拝する宗教が絶えないのは無理もありません。日輪を仰ぐ信仰や、山岳を敬う信心は人間の抱く必然な感情でありました。我が国の日の丸の旗も、万物を照らし育てる太陽の大を讃える心の現れだと見てよいでありましょう。

ですが轟く雷鳴に神の威光を感じたり、吹きすさぶ嵐にその怒りを長れたりする気持ちは、素朴な人たちの感情とも見られます。段々人間の智慧が進むにつれて、自然への尊敬は、もっと理由のはっきりしたものへと進みました。科学者たちは自然がどんなに深いものなのかをよく知っている人たちであります。

凡ての学問はその不思議さの泉を訪ねるためだともいえるでありましょう。ですが科学者ばかりではありません。藝術家も自然の美しさの終りないことをよく知っている人たちであります。その美しさへの驚きを語ることが彼らの製作でありました。学藝の道が開かれるにつれて、自然の姿はますますその大きさと深さとを現わして来ました。それはもはや素朴な驚きではなく、もっと理に適った驚きなのであります。人間にもしこの驚きがなくなったら、真理を探る心も美を現す道も衰えてしまうでありましょう。

私は再び地理に帰りましょう。日本は美しい自然に恵まれた国として世界でも名があります。四季の美を歌った詩人や、花鳥の美を描いた画家が、どんなに多いことでしょう。前にも述べました通り、寒暖の二つを共に有つこの国は、風土に従って多種多様な資材に恵まれています。例を植物に取ると致しましょう。柔かい桐や杉を始めとし、松や桜や、さては堅い欅、栗、檜。黄色い桑や黒い黒柿、斑のある楓や柾目の檜。それぞれに異った性質を示して吾々の用途を待っています。この恵まれた事情が日本人の木材に対する好みを発達させました。柾目だとか木目だとか、好みは細かく分れます。こんなにも木の味に心を寄せる国民は他にないでありましょう。しかしそれは凡て日本の地理から来る恩恵なのであります。自然からの驚くべき贈物でないものはありません。美しい材を用いるということは、やがて自然の美しさを讃えているに外なりません。平に削ったりあるいはそれを磨いたりすることは、要するに自然の有つ美しさを、いやが上にも冴えさすためであります。自然を離れては、また自然に飯いては、どんなものも美しくはなり難いでしょう。 一つの品物を作るということは、自然の恵みを記録しているようなものであります。そうして如何に日本が、そういう自然に恵まれた国であるかを反省することは、日本を正しく見直す所以になるでありましょう。

【引用】柳宗悦(著)(1985)「手仕事の日本」岩波書店

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